大日本帝国海軍 旗旒信号

信号旗と信号書

旗旒は昼間は比較的遠距離から見えるので、旗旒信号は艦船間、艦船と陸上の望楼、見張所などとの通用される通信方法であった。
無線電信、無線電話の出現以前では、昼間の通信は旗旒信号、手旗信号が唯一の方法であったが、手旗信号は遠距離から視認が困難で、方向によってはまったく見えないこと、信号に時間がかかることなどのため、近距離での特別の通信に主用されていた。
旗旒信号には、特に定めた旗を用いた。
この旗を海軍信号旗という。
海軍信号旗は号旗、区別旗に分類され、前者には0〜9の数字を表わす数字旗とA〜Zのローマ字を表わす文字旗があり、後者には、運動信号でであることを示す運動区別旗、艦所名信号であることを示す艦所区別旗、および特殊の信号であることを示す信号区別旗があった。
旗旒信号は、これらの旗の組み合せで通信の童意味を表示するものであるから、組み合せが何を意味するのかの規約を定めておく必要があった。
海軍ではこの規約の内訳を明示し、用途別に区分した信号書を作成していた。
すなわち旗旒信号と信号書とは表裏一体で、この二つをもって通信を完成するものであった。
海軍で使用した信号書などの種類には次のものがある。
・海軍信号書(甲)・・・海軍の信号艦所間で一般信号に使用し、戦時には主として外戦部隊間の信号に使用。
・海軍信号書(乙)・・・主として根拠地隊、内戦部隊と陸上の信号所との相互間信号に使用。
・海軍常用略語(信号)書・・・海軍信号艦所間の一般常務通信に使用。
・万国信号書・・・一般の船舶信号に使用。
・海軍信号規定・・・各種信号について規定。
・艦隊運動程式・・・艦隊における諸種の運動に関する信号に使用。
・船団運動ならびに通信規程、輪送船隊運動ならびに通信規程・・・この二つの規定は、海軍艦艇で船団または輪送船を護衛する場合、護衛艦艇と船団、輸送船間および輪送船相互間の信号に使用。
・戦時海陸軍−−規程・・・海陸軍協同作戦における信号に使用。
海軍信号書甲と艦隊運動程式は海軍で機密度の最も高い軍機取扱いとして、表紙は皮製で中に鉛片を包蔵し、艦船沈没などの場合には必ず海底に沈下し、波間に漂流しないように準備配慮されていた。

旗旒信号の交信方法

旗旒信号の手順と掲揚方法
まず通信しようとする者が通信文を作成する。
これを信号書によって該当する信文を捜し、信文を表わす信号符字(旗の組み合せ)を求める。
次にこれを信号兵に命じ、信号兵は示された旗を組み合せて掲揚するのである。
以上が発信である。
発信の旗旒信号を見た着信者の信号兵は、これを読みとり、通信を解読処理する将校へ届げる。
これを受けた将校は信号書により信号符字を捜し、それに該当する信文を読み取り、了解を信号兵へ知らせる。
信号兵は解信の所作を行ない、発信艦所へ解信を伝える。
発信艦所は掲揚の信号を降下する。
この過程で信号書に関わる部分を処理する将校は、戦闘配置の際には航海長に所属する航海士(兵科の少、中尉)であり、日常業務配置においては当直将校の指揮を受ける副直将校(兵科の少、中尉または副直将校勤務に服する兵曹長、特務士官)である。
兵科の初級将校はこの任務に服するため尉官検定と称する旗旒信号の読み取り、信号書解読の試験を課せられており、訓練によって信号規程に習熟するように教育されていた。

信号旗の掲揚方法は、通常の場合は上桁に掲揚し、必要に応じ下桁または檣間索もしくは檣頭、斜桁を使用した。
二つ以上で信号符字を構成する場合の掲揚と通読の順序は、同一揚旗線を用いるときは上方から順序に連綴した。
この場合各符字間には間索(句点)を置いた(または2本以上の揚旗線に掲揚した)。
2本以上の揚旗線を吏用するときは、次の順序で掲揚(通読)する。
@同一桁では右舷外方、右舷内方、左舷外方、左舷内方。
A同一檣間索では前方から後方。
B上桁、下桁、檣間索、檣頭、斜桁の順に掲揚する。

交信法術語と交信法
旗旒信号の交信方法を知るには、交信法に関する術語を理解しておく必要があるので、まず主要な術語を以下に概説しておく。
起信−−信号交信を始めること
発信−−信号を発すること
着信−−信号が目的の艦所に到達すること
中継−−他の信号艦所宛ての通信を発信し、これを直接または第3者に通信して送信すること
送信−−相手に信号を送ること
受信−−信号を受けること
応信−−信号に応ずること
解信−−信号を了解すること
終信−−信号を終ること
消信−−信号を取り消すこと
指呼−−信号開始に当たり相手を呼び出すこと
照校−−信号艦所間で信号を反覆して校正すること
加付−−個有の信号旗の上(下)に他の信号旗を間索を置くことなく直接に付加すること
信号文−−通信文を信号に必要な形式に変更したもの
符字文−−信号符字で構成した信号文

発信艦所は指呼信号(信号全部が結了したとき降下する)に引き続いて所要の信号を掲揚する。
指呼信号を省略できるときは、単に所要の信号だけを掲揚する。
着信艦所は自己に対して行なわれている信号を認めたとき、応信旗を半揚し、信号の意味を了解したときは応信旗を全揚する。
しかし認諾を求める信号に対し認諾を与えるときは応信旗を降下する。
認諾を与えないときは応信旗を全揚のまま、別に否信旗一旒を全揚する。
この否信に対しては応信は表示しないものとされていた。
また所要の信号を行なった後にこの信号とともに応信旗を降下する。
いずれの発信艦所に対する応信であるかを明示する必要があるときは、応信旗の下に発信艦所名を加える。
航空機の場合は応信旗を使用することなく、手旗信号、発光信号または機体の運動で応信の意を表わすものとした。
応信旗に代用する信号と同一信号で応信、解信を表わす信号は、応信旗と同様に使用して応信、解信を表わす。
着信艦所の解信を見た発信艦所は、所要の時機に信号を降下し、着信艦所は応信旗を降下する。
しかし認諾を求める信号に対しては、発信艦所は着信艦所の応信旗降下にならって信号を降下する。
発信艦所が掲揚中の信号の全部またはその一部を取り消そうとするときは、その信号を掲揚したまま否信旗一旒を掲げ、着信艦所の応信、解信(否信旗を使用する)を見た後に掲揚中の信書全部と否信旗を同時に降下する。

旗旒信号の中継法
艦隊内においては、信号を中継する艦の標準を定め、これに該当する艦は旗旒信号の中継を行なうように定めていた、
その標準は単列隊形においては途中に介在する艦の全部であり、複列隊形では隊全般に対しての信号は、戦隊では隊内各艦、水雷戦隊では旗艦、軍艦、各司令駆逐艦であった。
また単隊の複列隊形においては、指揮官乗艦と各列にある指揮官乗艦の相対艦がこれにあたっていた。
一般の場合の中継では、中継する艦所は中継表示の信号とともに発信艦所と同一信号を半揚し、順次、次の中継艦所に及ぽし、着信艦所が解信したとき、最も遠い位置にある中継艦所から遂次に信号を全揚、発信艦所にならい中継艦所は信号を降下する。

艦隊における各隊指揮官乗艦から、隊全般に対し行なう信号の隊内中継の場合は、中継する艦はすべて発信艦(指揮官乗艦)と同一信号を半揚する。
各隊旗艦は自隊の解信を見た後(縦陣列にあっては最も遠い中継艦より遂次に)、信号を全揚する。
各艦は発信艦にならって信号を降下する。
一斉発動を要しない場合の中継では、発信艦は中継艦の信号全揚を待つことなく、中継艦の信号半揚を見た後に自己の信号を降下する。
この場合中継艦もまたこれに準じ、次の中継艦の信号半揚を見た後にその信号を一旦全揚した後に降下する。
最後の中継艦は着信艦の解信を待って、その信号を一旦全揚した後に降下する。

その他の規定
艦隊運動、教練、作業に関する信号の動作発動時機は、旗旒信号による場合は信号降下のときに発動する。
また艦隊運動程式による信号および針路信号においては、この信号の後、発動符または発動形象を行なったとき発動する。
運動符(運動旗一旒)だけをもって旗艦の通跡を進ませるときや、その他の信号では、信号了解のときを発動時磯とする。
一斉回頭の信号に対しては同一信号の掲揚をもって応信、解信を表わす。
応信を表示しない旗旒信号には、
@危急、危険または異変を表わすB旗および不関旗の掲揚、
A教練を実施中または特定の作業中であることを他艦船に通報するN旗の掲揚、
B速力試験中であることを表わす「回A旗」の掲揚、
C演習中における各種の識別信号の掲揚、
D緊急発見信号の掲揚、
などがある。

応急旗旒信号は檣、桁などを使用せず、短艇用信号旗を適宜の旗竿に付して、これを艦橋付近に表示して行なう。
必要に応じて使用し、旗竿の出し方によって信号の掲揚降下を次のように表わすことを定めていた。
約45度の仰角に出す・・・・・・・信号半揚
旗竿を直立する・・・・・・・・・・信号全揚
旗竿を内(外)方に倒して収める・・信号降下


信号符字の構成概要

特別緊急信号は信号符字を一旒で作成し、最も迅速に掲揚でき、かつ了解しやすいようにしたものである。
たとえば数字「0」一旒では、「我れ溺者あり」の意味になり、またローマ字の「D」一旒では、「我れ舵機故障」の意味を表わした。
説話信号は各種の項目別に区分編纂した信号で、信号符号は2字または3字で構成されていた。
具体的には、保安事項中の配置、故障、救助、損傷などを表わす符字は2字で、状況を示すものは3符字で構成されていた。
また敵情に関する信号は2字または3字で構成され、緊急を要するものは2字としたなどである。
敵情に関するものには、「3P−−敵主力見ゆ」「3PQ−−敵主力部隊見ゆ」「31−−煤煙数条見ゆ」「A4H−−煤煙は敵と認む」などがあった。

信号旗一旒の掲揚で特別の意味を表わした信号には以下のようなものがあった。


艦隊運動程式による信号

艦隊運動程式では海軍特定の運動区別旗を主用し、運動区別旗と他の号旗を組み合せて運動すべき運動の種別を示している。
数字号旗とローマ字号旗はA旗とB旗除き全部方形であるが、運動区別旗は細長い二等辺三角形の旗で、白赤青黄緑の色を種々に組み合せたものである。
この信号の例には次のようなものがある。
運動区別旗と艦所名区別旗を組み合せて使用した例としては「運官名」組み合せ連綴の掲揚がある。
これは「基準隊は不覇の運動を行なう」ことを表わす信号である。
この信号に対する応答は基準隊だけが行ない、その他の隊は不関旗掲揚を見た場合と同様に応答しないことになっていた。


信号区別旗による信号の例



艦所名区別旗による信号の例



手旗信号と旗旒信号

手旗信号を行なう場合にも旗流信号を必要とする。
手旗信号は、信号兵が艦橋付近の手旗台に登り、手旗をもって起信符を繰り返し行ない、対手の応答を待って、通信文の本文を仮名で1字ごとに所定の形象で信号するものである。
しかし対手がすぐ隣接している場合は応答も早いが、遠隔の場所にあるときは視認困難のため応答が得られない。
そこで旗旒信号をもって対手を指呼するが、これを指呼信号といい、艦所名信号を使用して指呼するのである。
この場合、2個以上の信号艦所を同時に指呼するときでも錯誤のおそれがないときは1綴りとする。
たとえば「船0P隊2」は0P艦と2番艦を表わす。
また信号艦所名中、その一部を除き残りの大部を表わすには、所要艦所名の下に否信旗を加えて、その下に除くべき艦所名を加える。
「船否0V」のように掲揚すれぱ、これは0V艦を除いた総艦艇を表わした。
このような指呼信号は、旗旒信号だけの信号通信を行なう場合にも信号の宛先を示すために常用していた。
信号書に記載されている信文は、予測できる各種の状況を文章として信号文に置換したモデル集であって、あらゆる場合に即応できるものではない。
モデルとした信号文に信号符字を与えて通信するため、幾多の不便を内蔵してはいるが、簡便に多数の艦所へ同時に速達できるという特色がある。
これに対して手旗信号は、任意に通信文を選択作成できる便利さがあり、それは信号書の比ではないが、通信所要時間が大で、遠達に極めて不便であり、また同時に多数の受信艦所へ通達することが困難で、寸刻を争う緊急通信には利用できないという致命的欠陥を持っている。




日本海海戦の最初に連合艦隊旗艦に掲げられたZ旗一旒の信号は、当時使用されていた信号書に「皇国の興廃此の一戦に在り、各員一層奮励努力せよ」の信号文が記截されていたもので、その信号掲揚のとき即席に作文して信号文としたものではない。
信号書は編纂のときこのような名文も考えて作成しておく必要があるものである。

(注・図に示した信号旗はすべて昭和8年9月1日施行のもの)


参考
大日本帝国海軍の信号
大日本帝国海軍 旗旒信号
海軍信号書(甲)
艦隊運動程式
大日本帝国海軍信号旗
国際信号旗
手旗信号
モールス信号
海上自衛隊 速力信号


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新規作成日:2004年3月11日/最終更新日:2004年3月11日